- 2007-03-28 (水)
- music
ツタヤでたまたま借りてみたハナレグミが思った以上に
自分は好きだった。
僕は全然知らなかったので、色々Webで見てみたけど、
あんまり情報が載ってない。インタビューとか。。
でちょっとあったのが、
リリー・フランキー×永積タカシというのだったのだけど、
永積:(略)僕はブラック・ミュージックとかすごい好きだし、すごく引きこまれて、あんな風に踊れたらすっげー最高だなと思ったんだけど。やっぱり自分との距離感をすごく感じちゃって。彼らがその映画の中で「僕らはダンスをすることが会話なんだ」って言ってるんだけど、それを聞いて、やっぱそうなんだろうなーって納得するところがあって。ブラックの人たちは、僕らが想像できないようなリズム感とか身体能力を持ってるわけじゃないですか。で、僕ら日本人が持ってるもので、言葉じゃないものを使った会話って何があるんだろうって思ったときに、やっぱり僕は“余韻”とか、“間”だなと思ったんですよ。たとえば僕はその“間”の中で、「あ、今リリーさん、独りになりたいのかな」とか、なんかそうやって会話をしなくても、相手のことを考えたりとかするじゃないですか。それで、当たり前に成り立ってるようなことが実はすごくいっぱいある気がするんですよ。そういう“余韻”みたいなものこそが、僕らが持ってる、もうひとつの「言葉」なのかなって思う。
余韻とか、間とかが、もうひとつの言葉、
という表現はすごい面白い。
実際、自分もすごいたくさん相手を思う。
(とか言って全然ぽかーんと気が利かないことが多いけど)
でもやっぱ他の国の人よりも、当たり前すぎるから気づかないけど、
たくさんの間があるんだろうな、ということを思う。
(て、他の国の人たちも知らないけれど)
多分この人の音楽はそういう隙間の美学、という美しさがあって、
それがすごい魅力的なんだろうな。
今、自分が一番好きな曲は「一日の終わりに」という歌だけれど、
そういう言葉にならない雰囲気、というかそういうやさしさが
こぼれおちるような曲だと思うのです。
キッチンにはハイライトとウイスキーグラス どこにでもあるような 家族の風景七時には帰っておいでと フライパンマザー
どこにでもあるような 家族の風景友達のようでいて 他人のように遠い
愛しい距離が ここにはいつもあるよキッチンにはハイライトとウイスキーグラス
どこにでもあるような 家族の風景何を見つめてきて 何と別れたんだろう
語ることもなく そっと笑うんだよキッチンにはハイライトとウイスキーグラス
どこにでもあるような 家族の風景
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