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受容されるということ

五月とメイちゃんが引っ越した時に、五月が父親に向かって、 「お父さん、この家、なんかいるよ!」と叫びます。 で、お父さんは、「それはすごい。お父さんは小さな頃から お化け屋敷に住むのが夢だったんだ!」と荷物を運びながら言うのです。 もし、この時、「お化けなんかいるものか」とか「気のせいだよ!」と 論理的に対応した言葉を答える父親だったら、一家の暮らしは とてもギスギスしたつまらないものになっていたでしょう。 (略)この人(父親)は、父親としてプロだなと感じたのです。

ちょっと長いけど今週号のSPAの鴻上尚史のコラムから引用。

たまたま昨日の朝、風邪をひいたので病院に行って、
そこは初めてだったのだけれど、内科と小児科が
一緒になったところで、おばあさんと、2人の子供をつれた
母親が2組、いた。
おばあさんが呼ばれて、診察の部屋に入ったのだけれどその時間がとても長くて、
30分経っても出てこなかったので、僕はなんとなくこんなに診察時間が
長い病院はこれからも来たくないと思ったので途中で帰った。
多分あと5分くらい待てばよかったのだろうけど。

その30分待っている間、ずっと頭がクラクラしていた。
子供達がおもちゃを持って遊んだりして大声を出していて、
しかしそれは実際全然問題ではなく、その子供の一挙手一投足を
怒鳴っている母親の声がうるさすぎて参っていた。

何かの本で読んだ記憶があるけれど、子供の声っていうのは
どんなにうるさくても意外とうるさくない。小学校低学年くらいまで?
声がなんていうのか、自然と同化しているような声で鳥の声に
近いような感じ。逆に大人の、特に怒っている金切り声のような声は
聞いているだけで不快になる。久々に人があんなにイライラしてるのを見た。

でも僕はたかだか30分の不快さで我慢できるけれど、
あの子供達はずっとだ。ずっとああやっておもちゃで遊んだり、
構ったり、そういうことさえ怒られる。多分そのうち自分の思うこと、
考えること、一挙手一投足に自信がなくなっていくんじゃないかと思った。

もし冒頭で引用したようなとなりのトトロに出てくるお父さんがこんな人だったら、
多分五月もメイも二人ともいなかったと思う。

想像性とか、そういうものって認めてもらうことが一番育まれると思う。
子供の頃の一挙手一投足は大人の常識に邪魔されてなくて、
純粋な本能に近い、美しい行動だから、考えることや遊ぶこと、
そうしたものが端から否定されているのを見るのは辛かった。

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