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スプートニクの恋人

スプートニクの恋人 (講談社文庫)
村上 春樹
4062731290

先週は風邪っぽいな、と思っていたけれどだましだまし付き合って、
で、あ、治ったかな、と思ったのもつかの間、
せっかくの3連休の内、2日もただベッドでうなされ、ひたすら眠り続けていた。
さらに月曜も会社を休んで。。

熱になって朦朧としながらいつも思うのは、これは何かのカタルシスなのか?
ということ。何か意味があって苦しまなければならないのか?と自問をしてしまう。
答えは出ないけれど、確かに峠を越えると毒気が抜けたような感じは少しする。

朦朧としながら先日古本屋で買った村上春樹のスプートニクの恋人を読んだ。
一年に一回は村上春樹を読みたくなる。

僕はハルキストといわれるほど、ファンでもないし、村上春樹のいうメタファーとか
そういう深さを意識できるほど繊細な神経を持っていないので、ただ、彼独特の言い回しを
ゆっくり追っていくことしかできない。

わたしたちがもうたっぷり知っていると思っている物事の裏には、わたしたちが 知らないことが同じくらいたくさん潜んでいるのだ。 理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない。 (略) わたしたちの世界にあっては、「知っていること」と「知らないこと」は、実は シャム双生児のように宿命的にわかちがたく、混沌として存在している。混沌。混沌。 いったい誰に、海と、海が反映させるものを見分けることができるだろう? あるいは雨降りと淋しさを見分けることができるだろう?
どうしてみんなこれほどまでに孤独にならなくてはならないのだろう、ぼくはそう思った。 どうしてそんなに孤独になる必要があるのだ。これだけ多くの人々が世界に生きていて、 それぞれに他者の中になにかを求め合っていて、なのになぜ我々はここまで孤絶しなくては ならないのだ。何のために?この惑星は人々の寂寥を滋養として回転を続けているのか?

下に引用した文章は読んだ時、なぜかスーパーマーケットで買い物をしている自分が
思い浮かんだ。厳しい顔をして、買い物かごにフルーツとか野菜とかそういうものを入れている姿。
僕の孤独のイメージはスーパーマーケットだったのかもしれない。
というか、この文章はいいな。村上春樹のように世界的に有名な人がこういう文章を書く、
というのはたとえそれが小説であっても、僕はなんとなく嬉しかった。
そして今度厳しい顔をしてスーパーマーケットでモノを買っていたらこの文章を思い出そう
とか思った。

ただ、この小説自体に関してはやっぱりいつもの春樹節というか、いつものパターンだと思う。
つまらないとか、つまるとか、そういうことではないけれど、ページを無理やりにでも次に読みたく
なる黒魔術的なパワーというものはない、と思った。

それでも僕はこの人の考える言葉が好きだ。一番好きではないけれど、
一年に一回は触れたい言葉だと思う。

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