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公と私

便利なモノにつきまとう不快さ:D・A・ノーマン氏にきく「配慮のある技術デザイン」:インタビュー - CNET Japan

人々は、今では常に連絡を取りあっています。どこにいるかはもはや問題ではありません。

 さらに、個人の生活と仕事の区別は消えつつあります。多くの人は、いつでもどこでも週7日間働くことを期待されているとこぼしています。これは事実ですが、週に7日間、いつでもどこにいても個人的なことも同じようにできるのであれば構わないのではないかとわたしは思っています。多くの企業はまだこれを理解していませんが、人々はそうしています。これが、人が仕事中にインスタントメッセージングやインターネットショッピングをする理由です。

 これは別に新しいことではなく、以前はこうだったのです。

ちょっと前の記事だけれど、なんだかずっと頭にひっかかる記事。

今の自分が働いてる会社はすべて残業代が出て、まーそれだけが理由じゃないだろうけど
多分インスタントメッセージングなどは禁止されていると思う。ちゃんと聞いた
わけではないけれど。インターネットショッピングなんかまして当然というか
はっきり禁止されている。
ただ、目の前にPCがあって、ネットがつながっていて、人々がつながるサービスが
たくさんできて、そういうものとは逆の流れもある。
メッセとかのおかげで分からないことをどれだけ友達から教えてもらったかは
あげたらキリがない。ないけれど無駄な話もしてるんだな、同時に。
その無駄が無駄じゃなかったりもするんだけど。
このおじさんは、

週に7日間、いつでもどこにいても個人的なことも同じようにできるのであれば構わないのではないかとわたしは思っています。

という直球を投げてきてて、いやすごいなー、というか逆に自分が人を
使う立場だったらこう言えるのかなーというところもあり。
仕事に役に立つんだったらいい、とかそういう境界線の引き方って難しい。

産業革命以前は、家族全員で裁縫をし、大工仕事をし、農作業をし、必要なことは何でもやっていました。全員が同じ時間にオフィスにいなくてはならなくなったのは、工場の発展、産業革命、ホワイトカラー革命の後に過ぎません。

 しかし考えてみてください。今ではわれわれはグローバルな社会にいます。全員が同じ時間にオフィスにいるというのは、全員が同じ時間帯にいることを仮定しています。・・・われわれは今、誰もがより柔軟な時間、柔軟性と向き合わなくてはならない、興味深い活動のスケジュールの混在に直面しているとわたしは考えています。

確かに1日8時間であったり、それ以上オフィスにいなければいけない、という習慣は
本当に近代的なものであり、そういう公と私の境目がゆっくりと侵食しあってる今の状態
っていうのは、結構不安定な状態なのかも。「禁止」したり、「こうしなければいけない」
というのは簡単だけど、答えをすぐに出してはいけないような気がする。今は。

Comment:2

honda 2007-12-11 (火) 17:50

>「禁止」したり、「こうしなければいけない」
というのは簡単だけど、答えをすぐにだしてはいけないような気がする。今は。

というのは、どういうこと?

事実分析に不満だ、とか、本当にそうであるか疑問だ、とかならわかるけど、こういう類の最新といものを啓蒙する社会批評に慎重さを求める必要性はないのではないかと思う。

ちなみに、新旧の社会観が交錯する不安定な状態に、自己の責任において答えを出すということは、出さないことよりけして簡単なことではないと思うし、もしその答えが間違っているとしてもなにも危険な事態になるほどのことではないと思うよ。

こういう社会批評には、賛同するか、反論するか、鵜呑みにするか、よりよく改訂するか、熱狂的信者になるか、ばかばかしいと読み流すかしかないと思うんだけど。

追伸、、、この前は行けなくてごめん。盛り上がった?

banyan 2007-12-11 (火) 22:07

この批評家のおじさんに対してはそういう風に思ってるわけじゃないよー。

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